吉川氏の先祖は藤原氏といわれる。かって駿河(静岡県)入江庄吉河に住み、その地名をもって「吉川」を称した吉川氏は、その後、安芸(広島県)大朝庄に本拠を移し勢力を広げてゆく。吉川の名を天下に広めたのは吉川元春である。すなわちこの元春こそ、三矢の訓で名高い毛利元就の次男で吉川元春は養子縁組によったもの。
元春、元長の跡を継いだ広家は、1591年(天正19年)、豊臣秀吉から出雲国富田12万石の領主となるよう命じられた。やがて1600年(慶長5年)の関が原の戦いには西軍として参加した毛利氏が敗北したため、周防3万石(のち6万石)に移封される。
岩国に着いた広家は由宇に上陸して、1602年(慶長7年)、岩国を本拠と定めた。以降、吉川家は、明治維新に至る260年間、この地で文化の香りの高い政治を行った。

関が原の役の後、1600年(慶長5年)出雲の国富田月山城から岩国に移った吉川広家は、ここ横山の山頂に天主を、山麓に居館を築くことにした。最上段の物見よりは、眼下に蛇行した錦川、錦帯橋、城下町、遠く米軍基地や瀬戸の島々を展望できます。2006年2月、財団法人日本城郭協会が選定した「日本名城百選」に岩国城が選ばれました。

吉川史料館は、800年もの歴史をもつ吉川家に伝来した歴史資料、美術工芸品を数多く収蔵し、また 吉川家文書、吾妻鏡、太平記などの歴史資料の多くは、国の重要文化財に指定されて、中世史研究の重要な史料となっている。

その昔、吉川家の先祖の方々を祭る、お社は、治功大明神(吉川興経)、高秀神社(吉川経義)、鎮照神社(吉川広家)の3社が白山神社の境内にあった。明治維新の後、旧藩主の東京移住に際して、これらの3社を統合して、吉香神社とし、1885年(明治18年)、旧館跡に建立されたものである。

目加田家は、御用人役として、170石取りで、岩国藩では、客分としての高禄の家柄であった。
この建物は、18世紀中ごろ(江戸時代中期)の建物とみられ、簡素ながら本格的な中級武家屋敷として当時のままの姿をよく保存されており、全国的にも数少ないとされ、1974年(昭和49年)に国の重要文化財に指定された。。
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